2024年9月19日

唐津藩最後の藩主 小笠原長国①

小笠原家の家紋(三階菱紋) 清和源氏の流れをくむ小笠原氏が用いた家紋。時の天皇より「王」の一字を象った家紋を賜ったが、畏れ多いとのことで似た形状の松皮菱紋を採用し、貞宗の頃に三階菱の形に改めたという。

小笠原佐渡守長国は唐津藩最後の藩主である。
藩政の指揮を執ること29年、財政再建に取り組み、知藩事就任後は耐恒寮を設立するなどの功績を残すものの、史誌の中では彼の養子であり世子の身のまま老中にまで昇りつめた小笠原壱岐守長行の方が目立ち、現在に至るまで写真や肖像画も見つかっていない。
文化14年(1817)、水野氏に代わって棚倉藩より唐津藩に入封してきた小笠原氏は、初代藩主の長昌が急死してから3代続けて養子を迎えており、5代目となる長国も松本藩の戸田松平家より養子として迎えられている。彼自身は松本藩主の長男でありながらも、先に嗣子と定められた義兄のために家督を継ぐことができず、2歳年上でありながら長国の養子となった長行もまた唐津藩主の嫡子でありながら、実父の死の直後は幼少のため家督を継ぐことができなかった。
家中では長国を支持する大殿派と長行を擁立する若殿派との間に派閥対立が発生したとされているが、当の本人たちは互いの境遇の類似から同情こそあれど、敵意はなかったのではないだろうか。
幕末の動乱の中、新政府に恭順することを決意した長国は朝敵の汚名を着せられた長行との縁を義絶したが、後に長行の嫡子である長生に家督を譲っている。

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